そんな合併で市町村は半分くらいになったそうです。
減りすぎ?
でも、一つの市として統括して行った方が効率がいいこともたくさんあるでしょうからね。
それにしても、かなり広範囲の地域に一人しか弁護士がいないって状況もあるようですから、司法の充実を進めて行かないといけませんね。
◆規模の利益の限界(4月14日 読売新聞)
調査研究本部主任研究員 丸山康之
「市町村規模の適正化」を目指した"平成の大合併"が3月末で完了した。1999年3月末に全国で3232あった市町村が半分近くの1727に減ったという。
広島県の山間部にある筆者の故郷でも、旧郡の6町が2004年に合併して安芸高田市が生まれた。市といっても人口は発足時で3万5000人弱という過疎地である。
過疎化が進めば、まして国の財政悪化で地方交付税も減額されるとなれば、自治体の機能を維持しにくくなる。だから市町村合併が奨励されたのだが、 合併特例法では自治体が役割を果たすために、合併市町村の「均衡ある発展」を図るとしていた。安芸高田市は合併の1年後に産業振興ビジョンを策定し、「人 の交流による新たな可能性の開拓」などを「戦略」として打ち出した。
だが、故郷が衰退から発展に方向転換しつつあるという兆しはなかなか見えない。むしろ衰退が加速しているようにみえる。
市の人口は今では3万2000人ほどに減った。広島市などから訪れる人の多かった農場型テーマパークは2008年に閉鎖された。活気のなさは市の 広報誌に歴然と表れている。旧町の広報誌と比べると、行政からのお知らせが分量を占めるばかりで、故郷の人たちの哀歓がまったく伝わってこない。旧6町の 「均衡」を重視して、特定地区の話題を大扱いしない方針なのだろう。
市役所の支所に変わったかつての町役場の職員減らしが暗い表情で語られる故郷で、今、最も多くの人が働くのは、「神楽門前湯治村」という観光施設だ。1998年に開業した第3セクターで、人口3000人余りの旧町に13もある神楽団の公演を中心に据えている。
この施設は、竹下内閣がバブル絶頂期の1980年代末に行った「ふるさと創生事業」をきっかけに生まれた。全国の市町村に1億円ずつ配ったこの事 業は「ばらまき」という批判も浴びたが、本来は、中央官庁ではなく、市町村自身に地域振興の知恵を絞らせることをねらっていた。
小さな過疎の町にささやかでも花が開いたのは、10年近くにわたってひとつの事業に心血を注いだ成果だろう。もし市町村合併が1980年代に行われていたら、この施設は生まれただろうか、と首をかしげざるをえない。
このところ、規模の利益の限界、あるいは規模の不利益を物語るようなニュースが相次いでいる。
経営破綻した日本航空は国内外に張り巡らされた路線網の縮小や大量空輸の代名詞とも言えるジャンボ機の売却を迫られている。2000年に3銀行の 経営統合で誕生したみずほフィナンシャルグループは、金融機関の自己資本規制強化という動きの中で、資本拡充での苦戦を伝えられる。キリンビールとサント リー、そして高島屋とエイチ・ツー・オーリテイリング(H2O)という2組の経営統合交渉は破談に終わった。
その中で、ゆうちょ銀行の預け入れ限度額やかんぽ生命の保障限度額が引き上げられることになった。牽引役の亀井金融・郵政改革担当相は、同じ広島 県でも筆者の故郷よりさらに山深い地域の出身である。資産の拡大によって利益を確保し、過疎地にまで張り巡らされた郵便局ネットワークを維持したいという 思いが人一倍強いであろうことは推測できる。
だが、民業圧迫批判はおくとしても、大量の預金を集めて大量の国債を買うというビジネスモデルでは、効率が悪いだけでなく、国の危機的な財政を考 えればリスクも大きい。規模の利益を当てにしたハイリスク・ローリターン経営で地域の衰退に歯止めをかけられると考えるなら、それは幻想にすぎまい。